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『48秒の中で輝きたい!』

武南高校陸上競技部出身、オリンピックに3大会も出場した陸上競技界のスーパースター山崎一彦先輩は、スランプになることもなく、勝ち続けた強靭な男ではありませんでした。「48秒の中で輝きたい。そのためにどうすればいいのか。」自問自答し続け、諦めずにまじめに取り組んだ努力の人だったのです。

今日は、シドニーオリンピック前、陸上選手としても悩んでいた時に、武南高校の3年生を送る会のゲストとして壇上に立ってくれた時の話の抜粋をご紹介します。


<講演より抜粋>
私が武南高校に入学したのは、中学時代(与野市立八王子中学校)に陸上部で110mハードルを練習していたのですが、顧問の先生の異動することとなり、また椎間板ヘルニアで腰を痛めてもいたので、挫折しかかっていた時、中学の顧問の先生に、「武南へ練習に行って来い!」と言われ、ハードルの練習を武南の陸上競技部の先生にみてもらったのが入学したきっかけです。

武南高校に入学してから400mハードルを始めました。トラックー周の中にハードルが10台並んでいる、そういう種目です。たまたま400mが速かったので始めたのですが、高知インターハイで4位、北海道国体では優勝しました。そのころから同学年の斎藤選手がライバルとして現れました。大学では彼に一度も勝てませんでした。

大学へは、陸上をやる目的で入りました。大学は楽しいところです。合コンやらお酒飲んだりと遊びがいっぱいある中で、私は陸上と勉学を両立していくことを目標としました。大学でのトレーニングは、監督がいてのつきっきりの練習ではなく、自分で目標を定め自由に練習をします。私は、前日に遊んでも、翌日はちゃんと練習をする。それを自分の約束事としました。バルセロナオリンピックを目指して頑張ってはいましたが、練習もやるが遊んでもいたためライバルに勝てませんでした。記録が伸びないのです。

追い討ちをかけたのが、大学2年の頃、不況で父の会社が倒産したことです。今まで親の金で大学に入り、遊んでもいましたが、父の会社が倒産したことをきっかけにして、陸上一本でやる。陸上にかける。自らが変わらなければと、それが転機になりました。

その当時、私は、“第3の男”と言われていました。400メートルハードルでは、私より速い人が2人いました。ずっとこの2人には勝てないのです。ですが、努力が実り、大学3年の時の1992年、バルセロナオリンピックに出場しました。その後94年に無事大学を卒業しましたが、卒業目前まで就職が決まりませんでした。景気が悪く、陸上をやってお金をもらうことは、たとえ、オリンピックに出ていても、まったく就職ができないのです。

マラソンや箱根駅伝などはマスコミなどで大きく取り上げられています。ある企業の社長から「君の種目はテレビに映るのは1分だが、マラソンは2時間だ。」と言われました。企業に入る以上、宣伝の媒休として使われる。そのひと言で私は今まで何をやっていたのだろう、私のやってきたことが否定された気持ちになり少し落ち込んでしまいました。

デサントに拾ってもらったのは卒業間際でした。この年、箱根駅伝で母校の順天堂大学が優勝しました。デサントは順天堂大学のユニホ→ムの契約を取りたかったのでしよう、私はその交換でデサントに採用されました。

私はプロとしてやっていこうと思いました。会社からお金をもらう以上、成績で私の給料が決まります。このころ“第3の男”が、第4の…、第5の男になっていました。漠然と練習しているだけでは、成績は上がりません。成績を上けるために私は海外に行きました。当時は世界ランキンク16位でした。

世界に出ると知らない人ばかりです。試合も全然ありません。「山崎ってだれ?」とこんな感じです。草試合のような試合しかありませんので、これではメシが食えません。海外で試合に出られれば3日間ぐらいはご飯が食べられます。こういう状態で安いホテルに一人の生活が続きます。やっと試合が出られるころには精神的にもまいっていて、成果も上がりませんでした。海外では一人ですから自分を表現しなければ埋没してしまいます。しゃべれなくとも開き直ろうと自分の考えを変え、そうすることで自分の世界が広がっていきました。

1995時の世界選手権で7位に入賞しました。様々な経験から、違った角度から物事を考えられるようになり、試合前のビビリが一気になくなりました。「緊張するな」と言われると緊張してしまうものですが、私は緊張すると走ることができるように、緊張を自分の味方にして自分を高めていました。この頃、アトランタオリンピックが最大の目標でした。世界選手権7位だったことから、「次はメダルだ」等々新聞は書き立てました。ですが…結果は予選落ちでした。この4年間はバルセロナオリンピックもアトランタオリンピックも予選落ちでした。バルセロナは実力通りの予選落ちなら、アトランタは期待された中での予選落ちでした。後半に抜かれてしまいました。最後のハードルをトップで越え、その後2人に抜かれたのです。流したつもりはありませんでした。それまで新聞は「期待」等書いていて、この試合を手の平を返したように「流した」とか「慢心」と書きました。私はいったい何をしていたのだろうなど心に整理がつきませんでした。何のためのオリンピックだったのだろうか。

1997年の世界選手権に再起をかけました。オリンピックの失敗を繰り返えしてはいけないと。しかし、この時ほど心のバランスの大切さを痛感したことはありません。この大会では準決勝でアキレス腱が痛くて途中棄権しました。どうして痛くなったのか、それはオリンピックでの失敗もあり、心のどこかで「やりたくない」、しかし、「やらなければ」という葛藤が、ケガとなって現れたのだと思います。いやいやだと本当にケガをします。ケガしてから3ケ月間走れませんでした。

人に勝ちたいと思っていても、どうしても負けてばかり。タイムにもはっきり現れ、私が休んでいる間に自分の持っていた日本記録もなくなってしまいました。しかし、私は、この間、負けることを恐れてはいけない、勝負をうやむやにしてはいけない、たとえ負けても負けから学び次の練習につないでいこう。ということを学びました。

私の今後の日標はシドニーオリンピックです。(1999年当時)シドニーではアトランタの失敗をどうしても取りかえしたいと思っています。29歳になり、ケガが治るかどうかもわかりません。どうなっていくか楽しんでいます。今は落ち目です。スランプに陥っています。「あいつは今までの名声が終わった」とも言われています。あと2年です。マラソンばかりテレビで放映されていて、みなさんは陸上を見る機会がないかも知れません。私は48秒に凝縮された中で輝きたいと思います。アトランタオリンピック以降48秒のために頑張ってきました。ある社長に「2時間テレビに映れ!」と言われましたが、私は48秒間で自分を表現したいと思います。




心の葛藤まで赤裸々に語る陸上競技会のスーパースターの姿は、全校生徒の心を打ちました。そして、心から応援したいと思いました。そんな武南の生徒の思いが届いたのか、彼の真摯な努力が実を結び、シドニーオリンピック出場と結びついたのでした。

陸上競技者として、人間として、素晴らしい逸材を輩出している武南高校陸上部。現役選手たちの中から、日本陸連強化本部長 山崎先輩のメガネに叶う選手が現れますように…。応援よろしくお願いします。

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※陸上経験者を問わず部員募集しています。ご連絡下さい。


2013.01.31 Thu l 陸上部 l コメント (0) トラックバック (0) l top
日本陸連強化育成部長

山崎一彦(武南高出)

そういう見出しが躍る新聞の切り抜きが、職員室に貼られています。

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400メートルハードルでシドニー、バルセロナ、アトランタ五輪に出場した山崎先輩の記事に、職員はみな足を止め、上手に今も陸上人生のハードルを越え続けている教え子の姿に、目を細め、あちこちで、こういう生徒だった、あんな選手だったと思い出話に花が咲いています。

こちらは、教頭先生が机の中をごそごそ探して出てきた山崎先輩の活躍を記事にした学級新聞、学年新聞です。

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読み返してみると…栄光の輝きだけでなく、決して表舞台の日の当たるところだけを歩んできたわけではない先輩の素直な葛藤も語られていて、改めて感動してしまいました。

オリンピック3大会出場という偉業をなしえた先輩が、十数年前に後輩に語ってくれたメッセージを、近いうちにご紹介したいと思います。お楽しみに!




2013.01.28 Mon l 陸上部 l コメント (0) トラックバック (0) l top
全国高等学校 柔道選手権大会 埼玉県予選

1月19日(土)20(日)に上尾の県立武道館において、全国高等学校柔道選手権大会埼玉県予選の団体戦が開催されました。この大会は体重制限のない勝ち抜き戦で行われます。それだけに体力と持久力が勝負のカギとなってきます。

今年の武南には絶対的なポイントゲッターがいません。体格的にもやや見劣りするメンバーです。『柔よく剛を制す』とはよく言いますが、それでも体の大きい選手、力の強い選手の方が有利なことに違いありません。そういう意味で、今年はあまり期待できませんでした。

ただ、見劣りするメンバーにも関わらず、クジ運には恵まれました。上位進出のチャンスが出てきたのです。もちろん安心はできませんが「もしかしたら決勝まで行けるかもしれない。」そんな淡い期待を持って試合に臨みました。

初戦、二回戦、三回戦と順調に勝ち進みました。準々決勝で対戦すると想定していた春日部東高校には強い選手が1人いて、ここが勝負だと思っていました。しかし春日部東は3回戦でまさかの敗退。代わりに川越工業高校との対戦となりました。

川越工業高校とは今まで何度も対戦したことがあり、比較的分が良い相手です。心理的な有利さもあり、終わってみれば4人残しで準決勝に進みました。

準決勝の相手は立教新座高校。前回の新人戦でも対戦して敗れています。なんとかリベンジを、という気持ちでした。相手の先鋒は軽量級ながら組み手がうまく、体格で勝るこちらの選手を次々と投げていきます。3人抜かれたあと、こちらの副将がなんとか止めたものの残り2人で4人を相手にするのは難しく、あえなく力尽きました。

judo3位

強かった3年生が抜けたあと、戦力低下は否めない状態で挑んだ今大会。終わってみれば3位入賞と昨年度よりも好成績を残してくれました。4月にはまた有望な選手が入ってきます。昨年に引き続き関東大会、インターハイ出場を目指して毎日練習に励んでいきます。今後とも応援よろしくお願い致します。(柔道部顧問 福島智教)
2013.01.22 Tue l 柔道部 l コメント (0) トラックバック (0) l top
『小林が出したボールを津島が決める!』

そう新聞に見出しが躍ったのは12年前
冬の高校選手権 埼玉県大会 決勝戦 で優勝した時のことでした。

高校時代、サッカー部の練習でもペアーを組んでいた“相棒”が
この日12年ぶりに再結成されました。

一人は高校の社会科教師となり

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もう一人はJリーガーになりました。

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クラス目標が掲げられた教室、新しい掲示プランも進行中

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こちらは1年C組、選抜クラス。
今日はJリーグ モンテディオ山形で活躍する小林亮先輩が、
元“相棒”の担任するクラスへ話をしにきてくれました。

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小林先輩は夢をもつことの大切さを生徒たちに語りかけます。

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熱心に耳を傾ける生徒たち

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校長先生も話を聞きながら、メモを走らせていらっしゃいました。

ここで津島先生から

「何か質問はありませんか」と

見事なアシストが入ります。

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生徒達が積極的に手をあげて夢を実現した先輩に質問していきます。

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小林先輩は、生徒たちからの質問すべてに、丁寧に答えてくれました。

「サッカーをやめたいと思ったことはありませんか?」という質問にも

「高校時代いつも一緒に練習していたツッシーや仲の良かった仲間がAチームでやっているというのに、自分は高校3年になってもしばらくBチームだったので、あの時はさすがに心が折れそうになりましたね。でもツッシーが支えてくれて…。だから、今の自分があるんだと思っています。最初に、柏レイソルに入団したのですが、レイソルは、ツッシーが中学まで所属していたクラブチームだったので、縁を感じましたね。」

正直に言葉を選んで話してくれる先輩に、生徒達はどんどん惹かれていきます。

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奥さんも武南高校出身だということがわかると

「高校時代から付き合っていたのですか?」というプライベートな質問から

「津島先生は高校時代はモテてましたか?」というものまで講演はヒートアップ

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和やかな雰囲気ですっかり打ち解けて最後にはみんなで記念写真を撮りました。

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Jリーグで推奨している地域貢献活動『夢教室』の一環としての活動を
とても大切に考えている小林先輩は、
養護施設等にも積極的に参加されているそうです。

小林先輩、今日はありがとうございました。
体のメンテをしっかりして、いつまでもJリーグで活躍してください。
これからも応援していきたいと思います。



2013.01.12 Sat l サッカー部 l コメント (0) トラックバック (0) l top
初めての入試

武南中学校第一期生を選抜する初めての入試が実施されました。

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詳細は BUNAN Advanced HP でご覧ください。


2013.01.10 Thu l 中高一貫校 l コメント (0) トラックバック (0) l top